水灯のブログ

最後の領域

続・畑

毎日二時間ほど畑の草をぶちぶち引き抜いている。

楽しくて楽しくて仕方がなかったのだが、

ある日のぶちぶちがひと段落した午後、

ご厚意で機械で畑を耕してくれた・・・

その畑を管理している人が・・・

 

大変ありがたいし、嬉しいのだけど本音はぶちぶち抜くのが

楽しかったのだけど、ご厚意に止めてくれと言うことが出来ず

ありがたくして頂いた。

ありがたい。ありがたい(泣)

そして久しぶりに畑の事を色々しゃべり、教えて頂いた。

大変勉強になったのだけど久しぶりに人といっぱいしゃべったので

疲れた。

これはどこか人が入ってこないような森に棲んで木こりをするのが

近道か!?

畑を借りてみた

何年も前から畑に興味があった

趣味として仕事として

でもいつも興味だけで終わっていた

興味から実践への行き方がわからなかったのだ

それが偶々看板を発見して吸い寄せられるようにそこに行ってみた

「畑、貸します。」そんな感じの看板だった

 

安く借りることができた

今まで使っていなかった畑だ

冬なのに草はボーボーでまずそれを引っこ抜く

そしてそれがめちゃくちゃ楽しい

晴れた日の、しかも十二月に外で草むしり、正直この引きこもっていた

4か月の中で一番楽しい

10時ごろから草むしりを始める

道具は最初は使わない

ただぶちぶちと引っこ抜き、それを草を捨てる場所へ捨てていく

最初は寒さもあるが、数分で温かくなり、汗もでてくる

ポケットにスマホを入れ、そのスマホからは好きなパーソナリティーのラジオが流れる

太陽は10時過ぎると12月といえど少し暖かい

ひたすら草を抜いていく

気が付けば12時や13時になっている。そこで一休み。

なんと楽しい!

冬眠しているカエルやバッタやトカゲを掘り起こしてしまうこともある。

ごめんねと思いつつ別の場所へどかせるか自らどいてくれる

自然とはなんと素晴らしい

 

昔から夢がある

牧場生活だ

思えば小学生の頃からの夢の一つ

ただ働く場所は牧場で働いているので叶っているといえば叶っている(今は休んでいるが)

でももっとディープにもっと自然に近くと思っていた

少しでも近づけると嬉しいな

森の中にログハウス

ほぼ自給自足

今の時期の夜なんかは木が燃えているぱちぱちという音を聞きながら

その炎を見て寝る

犬も一匹いるといいな

思いを吐き出すと・・・?

今朝はずいぶん気分が良いし、少しポジティブになっている自分がいる。

なんでこんな一晩寝ただけで少し気持ちが楽になっているか考えてみる。

もしかしてここに書いたからかも・・・?

吐き出すってのは思いのほかネガティブを吹き飛ばすのか?

それか安定剤の力か・・・

どちらにしてもどちらも私には欠かせない気がする

中学生の時から飲んでいるから

もう一生飲むのだろう

孤独な男

久しぶりにブログを書いてみる

自分のこれからを思うと絶望しかない

でも今日一つだけやってみたことができた

孤独な男の、孤独な男による、孤独な男のためのサイトみたいなのを作って

見たいなぁと思う。どうしたらいいか全然わからないけど・・・

どうしたらいいのだろう?誰か知恵をくれないだろうか。

前から時々思いついていたことだけど、いつも同じ矛盾で思考が停止していた。

でも今回少し前に勇気を出してブログをはじめてみて

勇気を出して発言してみる

何かが変わるのだろうか

 

でも孤独な男は孤独だからこそ孤独な男であってそれが集まったら

孤独ではないのではないかと孤独な男は集まるのが苦手だから孤独なのであって

集まるのだろうかと思うのだ

 

気分が悪くなるニュースや孤独がまぎれる方法等、そういう孤独で無害で真面目な人たちが集まり少しでも憩いの場になるような。

そんな夢、叶わないから夢なのか、叶うから夢なのか

天涯孤独と書いたことがあったが

私には兄がいた。

正確にはいるのだが、もう10年以上会ってなかったしこれからも会うつもりがない。

母の死で10年ぶりにあったがその数時間でやっぱり合わないのがわかる。

兄弟だからどんなけあれでも会わなければという考えもわかるが

私は兄弟でも会う必要がなければ会わなくていいのではと考える。

 

私の中では来年が最後だと思っている。

来年母の遺品整理などがすべて終わる予定になっている(本当は今年でも終わらせられるが、ぎりぎりまで何もしない人が決定権を持っているので)

 

遺品整理が終わったらそれでもう二度と連絡も会うこともないと思っている

血のつながりがあるからどんな無理難題もしなければいけなかったり、血のつながりがあって下の者だからと完全服従なわけではないのだよ

 

私の事はもう忘れてそっちはそっちで幸せに生きてくれ

死んだとき迷惑をかけるつもりもないし、そうならないようにもなっている。

だからもう気にしないで、なぜこうなったかは過去をちゃんと第三者目線で見て

後は勝手に元気でいて欲しい

入院していた

今週の月曜日から金曜日まで入院していた。

無事退院。

駅から家まで歩くのしんどかった・・・

 

入院中は暇でいろんな事を考えてしまうね。

そしていろんなことを考えられるのも楽しいし、いいことだと思う。

寄生獣って漫画で忘れられない言葉がある。

心に暇がある生物!なんと素晴らしい!

ミギーの言ってることが少しわかる。

 

暇すぎて色々考えてたらいろんなアイデアが出たんだけどそれをまとめたり

発表したりの手段がわからない・・・

こうやっていつも忘れていくのかなぁ

 

とりあえず病室から見た風景や退院後の久しぶりに外へでて自然の匂いや、

知らないバスへ乗ったこと。すべてのワクワク、楽しかったことを忘れないでおこうと思う。

 

忘れたらいけないことも。

健康は本当に大事で、これもどこかのだれかのエージェントが言ってたけど

健康は勝ち取るものです。と言ってた事を思い出した(誰が言っていたかわかる人いるかな?)

心の健康、体の健康をもう一度見直し、立ち向かっていこうと決めた

そんな入院だった。

幸せを探す

このブログは子供が亡くなり、親が亡くなり、天涯孤独となった私が幸せとは何ぞやをもう一度探す旅の記録で、それを見た人が何か元気になってほしいなと思うブログである。

遺伝子の旅は終わったが、意思の旅が終わっていない。

次の世代へ周りの人へ不幸せな人へ悩める人へ

自分も同じでありながら足掻いて幸せを見つけ、誰かに共有し

元気になってもらえたら生きている意味があるのではないかと思うのです。

生きている意味はいっぱいあるんだよ。

きっと。